チーズがとろける秘密

ピザにトッピングしたモッツァレラ、色々な食材をディップして食べるチーズフォンデュ、切り口を温めてとろ~りとなった部分を削いで野菜やパンにかけるラクレットなどは、若い女性を中心に大人気となっています。人気の理由の一つは、固まっていたチーズが加熱するととろけるという変化の面白さや、とろけることで想像以上のおいしさが生み出されるサプライズにあります。そこで、今回は何故チーズを加熱するととろけるようになるのか、その秘密についてご説明しましょう。

チーズと一口に言っても多数の種類があり、全てのチーズが加熱によりとろけるわけではありません。
チーズを加熱した時に流動化してとろけるような性質をメルト性といいます。加熱すると流れ出すほどとろけるチーズ(メルト性大)としてはモッツァレラやラクレットがあります。モッツァレラなどは引っ張ると糸のように伸びます。
流動化するほどではないけど十分とろけるチーズ(メルト性中)としてはチェダーやゴーダなど、少し軟らかくはなるけどとろけるほどではないチーズ(メルト性小)としてはパルミジャーノ・レッジャーノやペコリーノ・ロマーノがあります。
一方、主に酸凝固タイプのチーズであるカッテージやフェタなどは加熱しても軟らかくならず、かえって硬く締まってきます。これらチーズのメルト性はチーズ中のカルシウム含量と関連しています(図1)。

図1 チーズ中のカルシウム含量とメルト性

カルシウム含量がおよそ500mg/100g未満のチーズはメルト性がありません。これは後述するようにカゼイン会合体が水をはじく性質となり、水をはじく会合体どうしが寄り集まるためです。
カルシウムがおよそ500-700mg/100g程度ではメルト性大です。
700-1,000mg/100gでは中程度のメルト性で、1,000mg/100gを超えるとメルト性は小さくなります。
勿論、カルシウム含量やメルト性にはバラツキがありますし、カマンベールのようなたんぱく質分解力の強いカビ系チーズなど、この関係が当てはまらない例外もありますからアバウトな図です。ですが、おおよその概要を理解することができます。

牛乳の主要たんぱく質であるカゼインの会合体は、リン酸カルシウムの微粒子(これをナノクラスターと呼んでいます)で連結されたカゼインミセルと呼ばれる粒子として存在しています。
余談ですが、この粒子に光が当たると光が散乱して白濁して見えます。これが、牛乳が白い理由です。レンネットと乳酸菌を加えると、チーズ中ではリン酸カルシウムの一部が外れて、カゼイン会合体のネットワークを形成しています。このネットワークの中に脂肪球が分散しています(図2)。

図2 リン酸カルシウムの溶出と加熱によるチーズのメルト性

酸性にするとカゼインネットワークを結合させているリン酸カルシウム(ナノクラスター)が溶け出しネットワークは脆弱化する。さらに加熱すると、脂肪が融解するとともに、脆弱化したカゼインネットワークは力の方向に流動、糸を引く場合もある。

さらに乳酸菌の働きでpHが5.8より低くなる(酸性が強くなる)と、リン酸カルシウムが急激に外れてきます。そして、pH 4.6になると全てのリン酸カルシウムが外れます(図3)。
リン酸カルシウムは中性では水に溶けません。しかし、pHが下がってくると水に溶けるようになります。リン酸カルシウムはカゼインのネットワークをつなぐ連結器のようなものですから、連結器が外れるとネットワークは脆弱になります。そのような状態で加熱すると脂肪が融解します。そして力の方向に流動しやすくなります(図2)。連結器であるリン酸カルシウムがどの程度外れるかにより流動性も変わります。
一方、酸凝固タイプのチーズではリン酸カルシウムは少ないのですが、リン酸カルシウムが外れたカゼイン会合体は水をはじく性質となり、加熱するほど水をはじき互いに強固に結合します。
なので、メルト性はありません。
少し分かりにくかったと思いますが、要するに、連結器であるリン酸カルシウムがどれだけ残っているかでメルト性が決まるのです。

図3 pHとカルシウムの挙動の関係ならびに虫歯発生

リン酸カルシウムが中性では水に溶けないが、酸性になると溶けだすことは虫歯予防を考えるうえでも重要です。図3に示すように、虫歯は口中の虫歯菌が出す酸により歯の表面を覆っているエナメル質(リン酸カルシウム)が溶け出し、穴があくことから始まります。したがって、虫歯菌が微量の酸を出しても口の中がpH 5.8より低くならなければエナメル質に穴が開かないわけです。牛乳やチーズには口中pHを下がりにくくする作用があります。また、例え小さな穴があいても牛乳やチーズ中のリン酸カルシウムが穴を塞ぎます。なので、牛乳やチーズには虫歯予防効果が期待できることをWHO(世界保健機構)が発表しています(WHO Technical Report series no916, 105-12, 2003)。

カルシウム濃度が500mg/100g未満でも、しかも加熱しなくても、とろけるチーズがあります。カマンベールはそんな例外的なチーズです(カルシウム含量:420mg/100g 「雪印北海道100 カマンベールチーズ」)。白カビは乳糖や乳酸を食べて生育し、分泌されたたんぱく質分解酵素はカゼインをどんどん分解します。生じたアミノ酸は白カビの働きでアンモニアを生成してきます(川端、ミルクサイエンス 59: 303-307, 2010)。なので、過熟なカマンベールはアンモニア臭がします。乳酸が減り、アンモニアが出てくるのでチーズのpHが上がり、カルシウム濃度が低いことも相まってカゼインが水に溶けやすくなります。
そして、熟成が進むと中心部が室温でもとろりとしてきます。何故、中心部?
白カビの性質によりカマンベールのカルシウム濃度はマット部の方が高く、中心部はより低くなっています。カゼインは元々カルシウムがあると水に溶けにくく、カルシウムがないとカゼインナトリウムは水に溶ける性質があるので、中心部のカゼインは溶けやすいのです。

プロセスチーズにも、とろけるものととろけないものがあります。原料となるナチュラルチーズを砕き、乳化剤を加えて加熱・冷却させてプロセスチーズを作ります(図4)。

プロセスチーズの原料は
ナチュラルチーズです。
1種類もしくは数種類の
ナチュラルチーズを
使用します。

矢印

ナチュラルチーズを
細かく砕きます。

矢印

高温で溶かし、
熱いうちに型に詰めます。

矢印

冷やしてから包装すると…
「プロセスチーズ」
の完成です!

図4 プロセスチーズの作り方

この時使う“乳化剤”はクエン酸塩やリン酸塩など数種類あります。しかし、乳化剤といっても界面活性作用によって脂肪を乳化しているわけではありません。クエン酸塩やリン酸塩などは、チーズ中のカルシウムと結合し、カゼインからカルシウムを遊離させます。このため、一部のカゼインが溶け出し、原料チーズは溶融して均一な組織になります。この溶け出したカゼインが脂肪を乳化させると考えられています。それ故に、クエン酸塩やリン酸塩は“乳化剤”に分類されているのです。しかし、これら“乳化剤”の働きについてはまだ充分には解明されていません。
プロセスチーズの性質は使用する乳化剤の種類や量によって大きく変わってきます。
“とろける”タイプのチーズを作るためには、乳化剤の種類と量、原料チーズの種類や性質、加熱撹拌の条件など調整が必要です。しかし、その詳しいメカニズムは未だに不明な点が多く、今後の研究成果が待たれるところです。

このように、チーズがとろける性質はカルシウムがどれだけ残っているか、カゼインがどれだけ分解されているか、などで大きく異なるのです。多種多様なチーズはそれぞれ異なった作り方から生み出されるのですが、加熱するととろける秘密はカルシウムとカゼインにあるのです。

Textおよび図1~図3:Shunichi Dosako

堂迫俊一さん 農学博士(元・雪印乳業(株)技術研究所 所長、現・(NPO法人)チーズプロフェッショナル協会 顧問)

Profile:1974年雪印乳業株式会社入社。以来、大阪工場、技術研究所、研究企画部、栄養科学研究所、育児品開発部などを経て、2002年技術研究所所長に。2007年定年退職後、雪印メグミルク(株)ミルクサイエンス研究所主事としとして勤務。その後は(NPO法人) チーズプロフェッショナル協会顧問、(一社)Jミルク 酪農乳業史料収集活用事業推進委員を務めた。
著書:「チーズを科学する」(共著)チーズプロフェッショナル協会発行 幸書房 2016年11月11日発売。「新版 牛乳・乳製品の知識」 幸書房 2017年10月25日発売。

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