「チーズと、生きる。」第一回

~チーズのために働き、ともに生きる人たちへのインタビュー~

第一回 村山重信さん(NPO法人 チーズプロフェッショナル協会 名誉会長)

Profile:1971年、チェスコ株式会社時代にチーズの修行を積み、現在は同社特別顧問を務める。NPO法人チーズプロフェッショナル協会名誉会長であり、チーズオフィス・ムー代表。1989年、フランスチーズ鑑評騎士の会パリ本部より、日本で初めてチーズ熟成士最高位の称号を与えられる。「フランス食品振興会フロマージュレディトレーナー」「アメリカンチーズポロモーションアドバイザー」など、さまざまなチーズ関連の資格を有し、「チーズおじさん」として親しまれる。

チーズの世界に飛び込み、その魅力に取りつかれた時代

チーズとの出会い

チーズとの出会いは、ひょんなことがきっかけでした。私は1967年大学卒業と同時に、東京・西新橋で喫茶店を経営することになり、たまたま近隣に出版社『婦人画報社』のオフィスがありました。そこで料理の先生を務めていたのが、フードドクターの東畑朝子さんで、空き時間などによく店にいらしてくれたんです。
何度か言葉を交わすうちに親しくなり、そのうち、店で出す料理の一つとして「チーズトースト」のレシピを教わりました。それが私とナチュラルチーズの初めての出会いだったのです。デンマークの代表的なチーズ「マリボー」を使ったもので、当時としてはとてもモダンで、洒落た料理でした。もちろん味もとても美味しく、とくに若い人に人気が出て、瞬く間に店の看板メニューになったのです。
飲食店を切り盛りして2年ほど経過したのち、スキー客目当てのペンション経営にも乗り出しました。自分でペンションをやれば、無料でスキーができるという不純な動機でしたが(笑)。ここでもこの東畑流チーズトーストの評判がよく、「チーズって面白いな」と興味を持ち始めるようになったのです。

価値観をくつがえされたデンマーク研修

その後、また私の人生が大きく動く出来事がありました。飲食業界にいる以上、チーズのことを少し勉強しておいたほうがいいということで、東畑さんからご紹介いただいたチェスコ株式会社に入社することになったのです。ナチュラルチーズの輸入・販売を一手に取り扱う会社で、今後の商売のための“修行”のような気持ちでしたね。
そしてチェスコ入社3年目の時にデンマークへ研修に行かせていただき、食文化のあまりの違いに大きなショックを受けました。目にするもの口にするもの、すべてが初めての経験ばかり。こんな世界があったのかという衝撃で、価値観がひっくり返ったといっても過言ではありません。そこからヨーロッパの食文化の勉強に傾倒していき、自然とチーズへの造詣も深まっていきました。

1970年代/日本のチーズ事情

チーズの本場ヨーロッパでその魅力にすっかり取りつかれ、帰国した後も国内のチーズ流通をさらに拡大させるべく、精力的に仕事に打ち込みました。1970年代の日本におけるチーズ市場は、今とは比べものにならないくらい小規模なものでした。まだまだ一般家庭で手軽に食べるものではなく、「明治屋」「紀ノ國屋」などの輸入食材を扱う店か、百貨店でしか本格的なナチュラルチーズにはなかなかお目にかかれない。
でも逆に百貨店は独占販売に近い状態で、とくにチーズ売り場が充実していたのは、「西武池袋」でしたね。
百貨店でチーズをお求めになるお客さまは、ヨーロッパの駐在経験がある方や、グルメ層が大半でした。当時シュレッドチーズは主流ではなく、ブロックで丸ごと買われる方が多かったため、一週間で1tのチーズが売れたということも。今思えば、すごい時代でしたね。販売プロモーションも、百貨店の担当者と一緒に考え企画していました。柱周りに13台の冷蔵ケースをずらっと並べ、ピザ屋から窯を持ってきて、その場で焼きたてのチーズピザを提供するという試みも。当時人気絶頂だったピザハウス「シェーキーズ」とタッグを組んだ、華やかなキャンペーンでした。

「諏訪角商店」の接客から学んだチーズ普及の心がまえ

このように百貨店の独占販売が続く中、長野県に日本で初めてといえるチーズ専門店「諏訪角商店」が誕生しました。もともと甘納豆の製造卸を手がけていた会社さんですが、一念発起してチーズに転向。しかし長年商売を成功させてきた経験と実績がおありでしたから、やはり販売のスキルはとても優れていました。
ショーケースにチーズを並べておくだけでなく、お客さま一人ひとりに試食していただき、好みのものを一緒にお探しして納得されたものを買っていただく。当時、東京ではない地方都市の一商店でこのように丁寧な対面販売が行われるのは、とても画期的でした。チェスコが輸入するヨーロッパチーズのお取引きのご縁で、私もお店に何度も足を運び、その手法を参考にさせていただきました。私のチーズ販売技術の原点は、まさに諏訪角商店さんにあるといえるでしょう。
チーズを買っていただくときは、産地や歴史などの知識を語るのではなく、「こんなに美味しいんだ」と感覚で分かっていただくことが大事。この経験が、その後の私のチーズ人生での、販売・普及の考え方として、大きな影響を与えることになったのです。

(第二回に続く)

※この記事は、2017年2月に実施したインタビューをもとに執筆しています。登場する店名・固有名詞は村山さんのお話に基づいて掲載しております。

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