牧場名 | : | 石田牧場 |
---|---|---|
所在地 | : | 北海道野付郡別海町別海 |
開設 | : | 昭和40年 |
規模 | : | 年間出荷乳量 平成30年度 約500t |
飼料畑規模 | : | 約82ha |
牛の頭数 | : | 130頭(経産牛80頭、育成牛50頭) |
牛舎 | : | スタンチョン方式(つなぎ飼い) |
(2019年10月)
牧場名 | : | 石田牧場 |
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所在地 | : | 北海道野付郡別海町別海 |
開設 | : | 昭和40年 |
規模 | : | 年間出荷乳量 平成30年度 約500t |
飼料畑規模 | : | 約82ha |
牛の頭数 | : | 130頭(経産牛80頭、育成牛50頭) |
牛舎 | : | スタンチョン方式(つなぎ飼い) |
(2019年10月)
別海町は、2月には気温が-20度以下となり、厳しい寒さの余りに蜃気楼で太陽が四角に見えることもある程です。しかし、寒さに強いホルスタイン(乳牛)にとっては快適なのかもしれません。町の人口は1万5千人余ですが、乳牛の数はなんと11万頭を超えます。
昭和初期、おじい様がこの別海の地に移り住みましたが、その後沖縄で戦死され、おばあ様が女手ひとつで家族を養うことに。当時は馬や羊などを飼いながら、いもなどの畑作で生計を立てていたそうです。
この辺りは熊も出るような森林地帯で、開拓・開墾など大変なご苦労をされたとのことでした。
現在の牧場は昭和40年頃から先代であるお父様が本格的に酪農を開始したのが始まりです。
そんな環境で育った石田さんは、幼少の頃から酪農が好きだったそうです。「自分の娘もそうだけど、自分も幼稚園・小学校の頃から、牛舎が遊び場だったね。遊びの延長で手伝いをしていたし、機械いじりも大好きだった。今でもどんなに長時間トラクターに乗ろうが全く苦ではないよ。」
自然な流れで酪農の道に進んだ石田さん。
地元の高校に通う頃には、既に一人前にトラクターを乗りこなすほどに。
石田さんにとって酪農は?とお聞きしたところ、「自分にとっては天職!」と即答。
「自分の身体を動かして・・・・合っているよ!機械も大好きだから、他の仕事もできると思うけど、酪農以外は考えられないね。確かに忙しいけれど、生活と仕事が一体化しているところも好きなんだ。」
石田さんは、あえて規模拡大は追わず、地域の実情に合った地道な酪農を実践されているとのこと。農家は自然が相手である以上、自然に適応してやっていかなければならないという強い信念があるそうです。
「この仕事は5年10年続ければいいと思っているわけではなく、私たち夫婦で生涯酪農をしたい。
身体にムチを打っても、あと10年は酪農をやりたいと思っているので、自分が一番納得できる方法でやっている。」
それぞれの時代の主流はあれど、それが、自分たちにとって必要かどうか、石田さんはいつもそのことについて考えています。牛舎などの設備や使用する農機具なども、全てにおいて自分の目の届く、こだわったものにしています。
その一方で石田さんは、関係機関が実施する牧草の試験栽培に協力したり、自分が長年蓄積してきたデータやノウハウを惜しみなく開示するなどしています。「自分の経験や知識を広め、取り組みの輪を大きくすることで地域全体が潤う酪農を目指したい」と石田さん。若手や新規就農者にも、乞われれば何でも教えるそうで、後進の育成にも情熱を傾けていらっしゃいます。
石田牧場の飼養管理は、放牧が主体です。
新鮮でおいしい牧草をお腹いっぱい食べて、運動もして、
ストレスのない牛が育ちます。
それだけに牧草にはとても気を遣っています。
「牛は草食動物。良い餌を与えたい。そのためには化学肥料に頼るのではなく、牛舎から出た堆肥を有効活用し循環させることが大切。」と石田さん。
牧草のアルファルファは、「牧草の女王」と呼ばれており、たんぱく質やミネラルが豊富な高栄養価の飼料として乳牛の餌にはとても適した品種です。
しかし、これまで土壌凍結地帯の道東では生育がうまくいかず、なかなか普及しませんでしたが、近年飛躍的にアルファルファの品種改良が進み、土壌凍結に適応できる草種として雪印種苗(株)の育成品種である「ケレス」が注目されるようになりました。
その普及拡大の立役者ともいえる「ケレスの会」は石田さんが中心となって、14年前に立ち上げた研究組織で、現在4人の仲間と運営しています。草地更新の時期や与える肥料の量、播種(たねまき)時期や収穫時期のタイミングなど、試行錯誤の末、栽培方法を確立してきました。
現在は石田さんへの問い合わせや、牧場を見学する人も後を絶たないということで、今年行った勉強会には50人ほどが参加したそうです。
ケレスの会」の皆様と石田さん(前列中央、赤い帽子)
石田さんは、毎日の仕事に加え、「ケレスの会」会長や全道組織の理事をされ、更に札幌に研修に行ったり、講演を引き受けたりと、多忙を極めています。
そんなに目の回るような忙しさで、大変ではないですか?と聞いたところ、「苦にはならないよ。特に視察に関しては、やる気がある人は誰でも喜んで受け入れる。」
自分たちのやれる範囲のことをやるつもりなのに、次第に大きくなっていく石田さんの活動範囲。
「はたから見ればやりすぎと言われているかもね(笑)」
当然、仲間とお酒を飲みながらも仕事について熱く語る機会も多く、奥様には応援されつつも、
“あんた、いい加減にしなさいよ!”とあきれられることもあるそうです。
「うちは良い草を与えているだろう。牛も味が分かるんだ。我が家の牛は本当に食いつきが良いよ。
酪農ヘルパーさんに給餌をお願いすると『石田さんとこの牛はよく食べるから“増し増し”で餌あげないと』ってよく言われるよ(笑)」
「良い草から良い生乳が出来る。このことを自分たちは大切にして生産しています。」消費者の皆さまにお伝えしたいことについて訪ねると、石田さんはこうおっしゃいました。
「もっと酪農業界に関連する様々な出来事や、現場での取り組みなど、色々なことをわかってもらいたい。酪農は閉鎖的なところもあるが、私はオープン。消費者の方々も自分は知らなくてもいいやと思わず、日ごろ自分たちが口にしてるものや、それに関することにもっと興味を持って欲しいと思っています。」
青々とした牧草を食べて、真っ白い牛乳が出て、それが黄色いバターやチーズになる。
よく考えてみると不思議ですね。
情熱を持って仕事に取り組んでいる石田さん。その情熱と人望に多くの人が集まっているんだな、とお話を伺って感じました。
当日は、気軽に採草地へご案内していただくなど、貴重なお時間をいただきありがとうございました。インタビュー時は盛り上げていただき、笑いの絶えない取材になりました。
石田牧場の生乳は、雪印メグミルク(株)別海工場に搬入され、おいしいバターにもなっています。
2019年10月
今回お話を伺ったのは、この地に生まれ育ち、「良い生乳は良い草から。」と徹底的に牛の餌の牧草にこだわっている石田敦(50歳)さん。中心となって立ち上げた牧草研究組織の「北矢ケレス友の会」(以下、「ケレスの会」)で、積極的に活動をされています。